南禅寺水路閣

 京都を舞台としたドラマや映画は多い。とりわけ刑事モノのドラマとなると特にそうだ。その要因として考えられるのは、東映太秦映画村など撮影所が多いこと、そして、絵になる風景が多いこと、つまりは映像として映える景色が多いということが考えられる。


 私も母親が刑事ドラマ好きだという影響もあり、比較的よく刑事ドラマを見る方だが、京都寄りの大阪府内に在住していることもあって、京都が舞台のドラマの場合、その大体のロケ地を大雑把に把握することが出来る。ときたま、犯人を諭すシーンで、前のカットでは嵐山にいたのに次のカットで北山にいるという摩訶不思議なこともあって面白い。制作側はとにかく京都らしい、歴史を感じる美しい景色を求めてロケ地を決めているのだろう。


 そんな「京都モノ」のドラマや映画において、ロケ地として頻繁に用いられている場所のひとつとして挙げられるのが南禅寺の水路閣だ。


 南禅寺というのは臨済宗南禅寺派の本山で、1291年に亀山法皇が無関普門禅師を迎えて開創。その後、室町時代には京都五山の別格として隆盛を極め、現在に至るまで、京都の数ある寺院の中でも非常に格式が高い寺院のひとつである。その南禅寺の境内を通る水路が南禅寺水路閣である。


 琵琶湖から京都市内へ水を通すことは京都市民にとって長年の悲願だった。そんな折に、明治維新で東京へ遷都され、沈んでいた京都の活気を取り戻すため、この悲願を達成しようと疎水の建設に乗り出したのが、第3代京都府知事である北垣国道である。責任者に、工部大学校(現 東京大学工学部)を卒業したばかりの田辺朔郎を任命。福島県の安積疎水建設において主任を務めた南一郎平に建設計画の調査を、島田道生に測量を依頼し準備を進めていった。当時、最も進んでいた西洋の土木技術を使いつつも、ほとんど日本人だけで建設を進めていくき、当初予定していた予算より2倍近い予算をかけ、さらには幾多もの難工事を経て、1890年に琵琶湖疎水はついに完成。疎水を利用した水力発電により、京都市内には新しい工場が進出、市内を路面電車が走るようにもなり、北垣国道の考えの通り、京都は活気を取り戻すことになった。


 その琵琶湖疎水は南禅寺の裏手をかすめるようにして通っている。元々の計画では境内を通らずに、近隣の山中にトンネルを掘って水路を通す予定だったのだが、その山中に天皇家の分骨があることがわかった。そのため、計画を変更。境内の中にレンガ造りのアーチ橋を建設し、そこに水を通すことにしたのだ。だが、この計画変更に反対運動も起きた。疎水建設によって南禅寺の景観が崩れると僧侶らが反対したのだ。京都五山の別格であった格式高い南禅寺の境内に水道を通すとは何事だ、という僧侶たちの意見も理解出来る。一説によると、福沢諭吉もこの反対運動に参加していたと言われている。結果的に、この反対運動を押し切る形で1890年に水路閣は完成した。今現在ではこの重厚なレンガ造りの水路閣も南禅寺の美しい景観に欠かせないものとなっている。

 

 重厚なレンガ造りの橋からは明治期の日本の土木建築を感じることが出来る。これほどまでに美しい橋というのもなかなか無いのではないだろうか。


 橋の上は今も琵琶湖からの水が絶えることなく流れている。疎水建設に汗を流した人々の働きは100年以上経った今も脈々と京都の町へ流れ続けていると考えると感慨深いものがある。


 水路閣から疎水沿いに少し歩いた先には、かつてインクラインがあった蹴上の方へ抜けていくことが出来る。それほど距離はないので少し散歩するにはちょうどいいルートである。多くの観光客は水路閣を下から見て帰ってしまうが、ぜひとも琵琶湖疎水沿いをしばらく歩いて、疎水の流れと景色を楽しんで欲しい。


 琵琶湖疎水、南禅寺水路閣は今も琵琶湖の水を京都市内に流している。つまりこれは現役だ。なので、私の認識では琵琶湖疎水も南禅寺水路閣も遺構ではないとしているが、明治期の日本の土木建築が成すこれらの景観は京都随一のものであることは間違いない。そして、それは言うまでもなく、京都市民の悲願を達成しようと建設に乗り出した北垣国道と、疎水の建設に携わった田辺朔郎らの働きがあってのものだ。だからこそ、南禅寺水路閣はより美しく見えるのかもしれない。


【参考資料】

臨済宗総本山 南禅寺

http://www.nanzen.net/about_rekishi.html

京都市上水道局 琵琶湖疏水のご紹介

http://www.city.kyoto.lg.jp/suido/page/0000007153.html


2017年12月7日 会長執筆

2018年11月25日 一部修正

2019年1月29日 一部修正

 

近畿交通民俗学研究会

近畿交通民俗学研究会 日本遺構学会

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